Y's DIARY

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ブログ

 今日は何のテーマもオチも考えずに、つらつらと思ったことを書いてみようかな。

 え、いつものことだろって? 余計なお世話じゃい。

 と言いつつ、話のネタはあるんですよね。

 何かというと、6周年の話ですよ、6周年。何が6周年って、このブログですよ。
 一番古いエントリが「2006年11月14日」なんで、あと2週間余りで丸6年になるわけですよ。
 このブログの公開日に生まれた赤さんがいれば、その子はもう小学校に入学してるわけですよ。

 これって、結構すごくないですか。途中、全然更新されない時期もあったりなかったりですが、それでもよく続いてるなぁと我ながら思います。
 月別アーカイブのプラグイン見てくださいよ、すごく(縦に)長いです……。

 SNSやらtwitterやら、自分から情報を発信することのできる場は増えたけれども、やっぱりブログはブログで別物だと思います。どう違うのかって、それは一覧性の違いであったり、視覚的な表現の自由度であったりと、いろいろあるけれども、とにかく全く別物なんですよ。

 実は、このブログには前身があって、ブログ自体は2005年の秋頃からやってました。その頃は、日々の生活で思ったことをコラムのような形式で書き連ねていて、ブログの存在自体、友人にもほとんど教えてませんでした。

 それを(何がきっかけだったかは忘れましたけど)、友人にも公開する形に改めようと思い、それまでのエントリを全削除して再スタートしたのが「2006年11月14日」です。

 初めの頃は、「インターネットに公開している以上、検索に引っかかる可能性がある以上、どうでもいい日記を垂れ流してはいかん」という気持ちが非常に強かったと思います。
 まぁそういう思いは今もないことはないわけだけど、もう開き直ってるところはあるかな。
 「どっかの誰かがひょんなことでこのブログを訪れて、そして有益な情報を得られたとしたらそれは素敵なことだし、もしそうでなくて、どうでもいい俺の日常を覗いてしまったのだとしても、まぁそれはそれでネットの楽しみなんじゃないかな」、今はそう思ってます。

 日記を書くだけだったら、別にブログという形じゃなくても、ノートに書いてりゃいいじゃん。
 手書きが面倒だって言うんなら、別にWordでもテキストファイルでもいいじゃん。

 でもブログじゃないと駄目なんだよな。
 「人に読んでほしいんだろ? 自己顕示欲を満たしたいから」。
 別に、顕示できるような自己を持ってるわけじゃないんだけど、何となく自分の日常だったり自分の文章だったりとかっていうのが人の目に触れてほしいと願ってる側面は否定できないな。
 だから、そういう指摘は当たってると思うけど、それだけじゃない。

 俺が書いたブログを誰かが読んで、それでその人の何かが変わることだってあるかもしれないじゃない。
 蝶の羽ばたきひとつで変わってしまうくらい不確実な世界なんだから、そういうことだってあるかもしれないじゃない。
 そういう出会いがあるかもしれないって思うと、やっぱブログじゃなきゃいけないんだよね。

 「いや、んなことねーよ」って言うかもしれないし、実際これまでそんなことなかったのかもしれないけどさ。
 でも、そう思う気持ちは変えられないんですわ。

 社会人になって以降、極端に更新回数が減ってしまっているけど、それでもやめずに続けてきた。
 愛着だよね、もう。

 最近は月1くらいの更新頻度になってしまっているけれども、今でも定期的に覗いてくれている数少ない読者は確実に存在するのだし、もうちょっと頑張りたいな。

 前やってた「短くてもいいから、1日1更新」。あれ、ホントに1日1日の内容は短いんだけど、今読むと割と面白いんだよな。ああいうの、またやってみたいって気もする。

 だらだらと文章の推敲もせずにここまで書いてきました。
 まぁ、たまにはこういうエントリもいいんじゃないでしょうか。

第9話「青い春、夏の屋上にて」

 第9話「青い春、屋上にて」

 「これ、青春じゃね?」

 季節が緩やかに、しかし確実に夏に向かっていることを感じさせる水無月のある晴れた日。
 1年で最も陽が長いこの季節、午後5時を迎えようという時間でも、辺りはまだまだ明るい。
 俺とハヤトは、カメラを片手に辺りを見回しながら、やや挙動不審気味にY国立大学のキャンパスを歩いていた。

 学生生活に残された時間が少ないことに気付き、女子大生をファインダーに収めようと考えたわけではない。
 今考えれば、撮っておいて損はなかったのではないかとも思うが、とにかくそうではない。

 目的は、自作同人ゲーム「Calender(仮)」に使う背景写真素材の収集。

 物語の設定上、大学構内の写真は不可欠だ。ネット上にも背景写真素材は公開されているが、それだけではどうにも物足りない。それに何より、どうせなら自分たちが通う大学構内の写真をゲームに使いたいではないか。

 そういう思いは俺たちの間に共通して存在したと思う。

 俺たちが向かったのは、ある校舎の屋上だった。
 屋上というのは、物語の随所で登場する重要なスポットだ。しかも、登場する時間帯も昼・夕・夜と様々であるが故に、とにかく素材はいくらあっても困らない。
 まずは、まだ明るい時間帯の屋上の写真を撮ろうと2人は向かった。

 いつも利用している外階段。その先。屋上へ続く一歩を進める。
 まるで、親や教師に隠れて悪さをする子供のような気分だ。

 やがて辿り着いた屋上は、それまで3年以上通った学内にあって、全く未知の世界だった。

 もちろん、誰もいない。巨大な室外機のようなものが並ぶ他には、何もない。
 見上げた空はほんの少しだけ近くなったようであり、見下ろす学内の風景は見慣れているはずなのに新鮮に映った。

 要するに、気分が高揚した。
 口にすると恥ずかしい言葉だが、このシチュエーションを「青春じゃないか」と、そのときの俺は思った。
 これまた口にすると恥ずかしい言葉だが、同じ目標を持った「仲間」と校舎の屋上に上がる。そもそも「青春」なんて何なのかすらよくわからないのだが、それは何故かものすごい「青春感」だった

 ひとしきり写真を撮ると、その後俺たちは一旦階段を降りた。
 屋上以外にも撮っておきたい場所があったからだが、あらかた欲しい写真を撮り終えると、また同じ屋上に向かう。
 この頃にはコージローも合流し、3人が揃っていた。

 午後7時を過ぎ、いよいよ辺りが闇に包まれ始めると、屋上はまた違った姿を見せる。

 遮るもののない高台に位置する大学、その屋上から見渡せるはるか先の地平で、蒼と朱が交わる。
 交わった蒼と朱は紫に染まり、それが空を覆い尽くすと漆黒の世界が訪れる。

 東を見ればランドマークタワーを中心としたみなとみらい地区の夜景。

 「兵庫が舞台のはずやのに、ランドマークタワー映っとったらおかしいやろ」
 「だから、実在の地名は使わんようにせんと」

 そのとき、その屋上には「ちっぽけだけど、同じ夢を持った3人」が確かにいたんだ。

 あの日あの屋上で過ごした時間は、きっとこの先も忘れないだろう。
 「その程度で青春か」と誰かが笑おうとも、俺にとっては紛れもない青春の1ページだ。俺にとってのこの事実は誰にも否定できるものではないし、そもそも否定させない。

 その後、調子に乗って7月7日に「七夕だし、また屋上行こうぜ」と提案した俺を、コージローが「いや、さすがに今日は誰かおるかも知れんし、やめとこうぜ」とやんわり諭したことは、この話の流れからいって完全に蛇足であるから、あえて書く必要もないだろう。

 つづく

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30代男。
三度の飯より鷹命。

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