Y's DIARY

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転職奮闘記まとめ

 さて、そろそろ前回更新から1ヶ月が経過してブログ上に広告が出てしまうリミットだ。

 ゴールデンウィークに入ったことだし、転職に関するアレコレをまとめておこうと思う。



 今回の転職に至るきっかけから、転職活動終了までの話を時系列でまとめていこう。

 【11月】 ~体力の限界 by 千代の富士~

 もとから「辞めたい辞めたい」と言っていた辞める辞める詐欺状態であったように、現職をこのまま続けていくことに不安感は持っていた。その原因は、体力的そして精神的な負荷の高さによるものだ。

 ITシステムを扱う仕事である以上、そのシステムで何か問題が起これば、その対処のために時として昼夜を問わず仕事することを求められるのだが、それが自社開発サービスの運用を始めた2016年度以降顕著になってきた。

 平日の早朝だろうが、自分が帰った後の夜間だろうが、土日祝日だろうが、何か問題が発生すれば電話がかかってくる。電話するほどでもないような小さな問題だろうが、それを判断できる要員がいないから、とりあえず自分に電話がかかってくる。

 それは、11月下旬のある日(連休前日)のこと。

 当時、複数のPJで多数の仕事を抱えており、平日の帰りも遅い日々が続いていた。
 さらに、翌日の休日も返上して仕事をしないと納期に間に合わないという状況となった俺は、「せめて午前中だけでもゆっくり寝て、午後から出勤しよう」と考えた。

 しかし、その翌日朝のこと。
 うんざりするような携帯電話の着信(バイブ)で朝一、確か8時過ぎに起こされた。
 そのときの連絡内容は覚えていないが、過去に例のないシステムエラーが発生しているとかだったと思う。

 結局、その対応のために朝食もとらずに昼頃まで家で仕事をすることを強いられた。
 そして、その後午後から会社に出勤して、もともと予定していた仕事を夜までやって帰宅した。

 きっかけが何だったかというと、その日だろう。
 帰ってすぐに転職サイトの職務経歴書を真剣に書いた。それこそ、朝方までかけて書いた。
 「もうこんな仕事やってられない」、その日、本気でそう思ったことを覚えている。

 一度切れた糸は元には戻らない。

 それからはもう「いつまで続けるか、いつまでに転職するか」ばかりを考えるようになった。

 とは言え、仕事を先に辞めてから転職活動をするのは、足場を失った状態で戦いに臨むようなもので不利だし、そもそもすぐ辞められるような状況もなかった。
 そのため、ここでは「3月末退社、4月から新天地」を目標に動き始めることとした。

 【12月】 ~今思えば大して何もやってない1ヶ月~

 転職サイトの職務経歴書を更新すると、来るわ来るわ転職エージェントからの面談依頼。

 12月上旬。
 まずはそのうちの1社のエージェントと会って話をすることとなった。
 便宜上、ここはA社としよう。

 初の転職面談。まだその時点では、具体的にどういう流れで転職活動を進めていけばいいのかがわかっていなかったため、そのあたりの話を聞く。それと併せて、ではどういう仕事を狙っていくのかについて話をした。

 「今の仕事はもう嫌だ。辞めたい」、それは偽らざる本音である。しかし、それだけでは当然転職はできない。
 「では、自分は何がしたいのか。自分には何ができるのか」を考えなければならない。

 結局、この面談以降、12月は仕事が忙しかったこともあって、ほとんどこれといった活動はしていない。
 強いて挙げるとするならば、エージェントのアドバイスに従って職務経歴書をブラッシュアップしたくらいだろうか。

 【1月】 ~本格的な活動開始~

 年が明けて1月上旬。

 3月末での退社を目指すのであれば、もう動かないとまずい時期である。
 やや焦りもありつつ、別の転職エージェントと面談を行う。ここはB社としよう。

 このB社エージェントは「気になるところがあったらとりあえず応募していきましょう」というスタイルだった。
 その場で紹介された求人情報から気になった会社をピックアップすると(というか、ピックアップしてくれと言われたのだが)、「では、こちらへの応募は進めておきますね」という感じで、話が進んだ。
 このとき応募した数が12社である。

 その翌日、早速連絡があり、1社書類選考が通ったため、1次面接の日程を調整したいということだった。
 一気に転職活動っぽくなってきたな、と思いつつ、翌週で面接の調整を行う。

 そうそう、仕事をしながら転職活動ってできるものなのかと思っていたところもあったのだが、面接日程に関しては、この後受けた企業も含め、どこも夕方18時以降などの現職の業務時間外で調整してくれることが多かった。

 その後、面接調整連絡のあった翌日には、A社経由で5社に応募した。
 大した活動を行っていなかった12月を経て、本格的にアクセルを踏み始めたのがこの頃である。
 やや強引なきらいはあったが、「転職したいのであれば応募しないことには始まらない」、それを気付かせてくれたという点で、このB社エージェントに会ったことは良かったと思う。

 そして、迎えた人生初の転職面接。
 それはもう相当緊張したことを覚えている。

 1対1の面接。

 ちなみに、新卒面接のときは、面接官の方にだけ机があって、こちらにはイスだけが用意されているような面接ばかりだったから、転職面接でも同じようなものなのかと思っていたのだが、転職面接でそのような形式だったところは1つもなかった。
 どこも、普通の会議室で面談するような感じでお互いテーブルに座って話をする形式だった。
 だったら、新卒の面接でもそうすればいいのに。

 さて、その初の転職面接は自分の想像していたような志望動機やら経歴やらを一方的に質問されるようなものではなく、まず相手の方から自社や今回の募集職種の業務内容の説明が一通り行われて、その後にフランクに質問をされるというものであった。
 それもあって、最初の緊張感はいい意味でなくなってきて、途中からは面接ということを意識せずに話をしていた。

 終始和やかなムードで面接は終了した。

 変に話に詰まることなく、スムーズにコミュニケーションがとれたという意味では手応えはあったが、自分の経歴・スキルと求められているものがマッチしないという印象は受けた。

 その印象通り、翌週にB社エージェント経由で1次面接不合格の通知が届く。「人物面での評価は高かったが、スキル面での懸念があった」というコメントだった。
 そうだろうとは思っていたし、仮に通過していたとしても自分がやりたいと思う仕事ではなかったものの、実際に不合格通知を受けると、何だか自分を否定されたような感覚になってショックを受けた。このときの何とも言えない気持ちは今も覚えている。

 その後も、1月の間にA社とB社合計で延べ25社に応募し(同じ会社で別の職種に応募したものもあり)、そのうち書類選考を通って1次面接に進めたのは6社である。割合で言うと、24%。
 6社のうち4社は1月中に面接を受けたのだが、結果的には全敗であった。

 ただ、全敗の中にも今後を考える上で重要なことに気付くこともできた。それは、ある会社からの不合格通知に対する以下のようなコメントである。

 ・仕事を忠実に進めていくタイプであり、保守的で受け身な印象を受けた。



 正直、その人物評は確かに当たっていると思うし、むしろその特性の何が悪いのか、とすら思ってしまった。
 しかし、それまで受けていた業種/職種は「サービス企画・開発」といった、「新しいものを作り出していく」というクリエイティブさが求められる仕事だったのだ。
 このとき、気付いたのが「やってみたいと思う仕事と自分の特性がマッチしていない」ということである。
 「これまでになかったもの」を作り出していくことを求められるクリエイティブな仕事に憧れを持ちつつも、実際は忠実かつ着実にこなしていくことを求められる仕事の方が向いているのだ。
 これは今回の転職に限らず、自分を知るという意味で重要な気付きだったと思っている。

 さて、そんな気付きもあったとは言え、さすがにことごとく面接に落ちると気分も滅入ってくる。
 一部の上司には「辞めるつもりで転職活動をしている」ということを伝えていた手前、「転職活動したけど、どこも受からなかったのでやっぱり今の仕事続けます」ということになるのは避けたいし、そもそもそうでなくとも今の仕事を続けていくのはしんどい。
 「転職活動、失敗すんのかな」、そんな思いもよぎり始めた1月末~2月頭であった。

 【2月】 ~逆転、そして急展開~

 2月に入った時点での残弾は、書類選考が通った2社だけとなっていた(厳密には、1月に受けた会社でまだ合否通知が来ていないところもあったのだが、そもそもどこも面接の手応えがなかったことと、合格ならば面接後に何日も連絡せずに放置することはないだろうということで、自分の中ではその2社だけと考えていた)。

 1社はセキュリティ系のITベンダ、もう1社はIT業界には属しないけれどもIT系の知識を持った人材を求めている会社である(狭い業界なのであまり詳細は書けない)。

 残った2社はどちらも2月の2週目に1次面接を受けた。
 IT系をX社、残る1社をY社としよう。

 先に受けたX社は、これまでと同様、あまり手応えはなかった。面接官の反応を見ても今ひとつだった印象が強く、正直ダメだろうなと思った。
 しかし、その翌日に受けたY社に関しては「これで通過してなかったらどうしようもないやろ」というくらい、これまでの自分の経歴とスキル(知識)を活かした話をすることができ、初めて手応えがあった。

 その手応え通り、翌日にはY社の1次面接合格通知が届く。やはり、合格だと連絡も早いのだ。
 そして何とその翌日には、X社の1次面接合格通知も届く。

 これまで全敗だったところが、2月に入って一気に2連勝である。
 書類選考を通過し、1次面接も通ったという事実で、自分に少し自信が持てるようになってきて、沈んでいた気分も上向き始める。

 さて、2次面接、の前に、Y社に関しては適性検査を受けなければならないという連絡があった。
 自宅のPCを使ってWeb上でテストを受ける形式の適性検査なのだが、同様のものを実は他社でも1月のうちに2回受けていたので要領は把握していた。
 その結果のみで判断されることはなく、それと併せて2次面接は実施されるとのことだったのだが、わざわざお金をかけて適性検査を行うくらいだ。その結果は合否に影響するだろう。
 要領は把握しており慣れているとは言え、志望度が高いY社だけに、Webテストを受ける際の緊張感は過去の2社以上のものであった。

 結果は……これまで受けた2社よりも難易度が高かったように思え、時間が不足してしまった。しかし、正解数が多くなると問題も難しくなっていくという情報もあり、実際のところどうだったのかはよくわからない。

 不安な結果に終わった適性検査を経て、いざ初の2次面接へ。

 そして、そこでもさらに不安を煽る要素が。
 事前にエージェント経由で聞いていた話だと、2次面接はマネージャ(課長)クラスが2人出てくるということだった。

 しかし、いざ出てみると、面接官は1人のみ。
 しかも、面接での質問もそこまで踏み込んだ内容はなく、予定時間1時間のところがあっさり20分程度で終わってしまった。

 「あ、これは事前の適性検査で結果決まってる消化試合みたいなものか……?」と愕然としつつ、何とかその後のこちらからの質問攻勢で20分くらい間を持たせることに成功したが、1次面接のときのような手応えは全くなく、失意のうちに家路についたのであった。

 その日の夜は結果が気になって、「転職 2次面接 合否 連絡」とかいうキーワードで検索しまくったことを覚えている。

 翌日、面接結果が気になりつつも、仕事を進める。
 1次面接のときは翌日昼には連絡があった。しかし、今回は昼になっても連絡は来ない。
 とは言え、さすがにそんなにすぐには来ないだろうと思い直し、午後も仕事を進める。

 夕方、もはや仕事でいっぱいいっぱいで面接結果が気にならなくなった頃、それを見計らっていたかのように最終面接の案内が届いた。
 「おぉぉ、マジかー!」と心の中でガッツポーズするおっさん。

 適性検査と2次面接を一気に突破したことは大きな自信になった。

 その翌日にX社の2次面接を受けたのだが、すでにY社の最終面接が決まっているという心の余裕もあり、かなり落ち着いて話をすることができた。

 「これはX社も最終面接に行ける可能性あるな」と思った翌日、予想通り面接合格の通知が届く。
 というか、面接合格どころか、それは「内定」通知であった。

 X社は2次面接が最終面接だったのである。てっきり2次面接の後に最終面接が控えていると思っていたため、まさかの急展開に戸惑うも、やはり内定が出ると嬉しいものである。
 「これでY社の最終面接も余裕を持って臨むことができる。いい循環だ」、そのときはそう思った。

 しかししかし、そううまくはいかない。この後に最大の山が待っていた。

 こちらとしては、X社の内定を受諾するかどうかの返事はY社の最終面接の結果が出るまで待ってほしいというのが本音である。
 ただ、この時点ではY社の最終面接の日程は未定。こちらの希望日と先方の都合が合わず、何度か調整を繰り返している状態だった。

 そして、何とか調整がついてY社の最終面接の日程が決まるのとほぼタイミングを同じくして、X社からの返答期限が通知される。

 何と、Y社の最終面接の前日がX社の返答期限だったのである。
 つまり、Y社の最終面接を辞退してX社の内定を受諾するか、X社の内定を辞退してY社の最終面接に臨むかの選択を迫られたのだ。

 X社の内定というカードを持ちながらY社の最終面接に臨めると思っていた俺にとって、最後の最後で最大の山が訪れた。

 しかし、予想していない展開ではあったが、結論は決まっていた。
 俺は「X社の内定を辞退してY社の最終面接に臨む」を即断した。

 もともと、X社は業務内容が現職とそこまで変わらないこともあって、そこまで志望度は高くなかった。
 去年、旧知の先輩が転職した先の会社ということもあって、試しに自分も受けてみるか、という感覚で受けたところなのである。

 それよりも、これまでの経験を活かしつつ、これまでとは大きく異なる仕事に従事できるY社の方が志望度は高かった。

 X社への内定辞退連絡をエージェントに依頼し、退路を断ってY社の最終面接へ。
 2月に入ってからはどこも追加で応募していない。つまり、もしY社の最終面接の結果が不合格だった場合、転職活動はまた初めからやり直しである。

 このとき既に2月の終わり。ここからまた新規に応募して書類選考、1次面接と進めていくステップをまたやり直す気力はもうなかった。
 「Y社の結果がどうであれ、今回の転職活動は一区切りを付けよう」、そう決意して、その旨をエージェントにも伝える。

 【3月】 ~そして迎えた、そのとき~

 そして迎えた最終面接。
 ここでも、エージェントの事前情報では「2人の面接官」だったのだが、実際に現れたのは1人だけ。
 しかし、もはやその程度のことでは動じない。

 さすがに最終面接ということで、細かいところを突く質問や業務における考え方を問うような質問もあり、やや答えに詰まったところもあったものの、概ね自分の経験・スキルをアピールしつつ、的確に対応できたという手応えはあった。
 しかし、面接官の反応が読めず、確信するまでには至らなかった。

 ただ、その日の帰りはものすごい解放感だった。
 終電近くまで現職の仕事を進める日々の中で、ここまでやってきた達成感というのだろうか。結果がどうであれ、よくやったよ俺。そういう気持ちだった。

 そして、翌日。
 これまで、面接結果が合格だった場合はほぼすべて翌日に連絡が来ていたため、どうしても意識してしまう。

 しかし、昼も夕方も連絡はなく、「仮に内定だとしても正式に稟議が通ってからでないと連絡できないだろうし、今日は何もないかな」と切り替えようと思った矢先の20時前になってエージェントから連絡が届いた。

 結果は、待ち望んでいたそれ、つまり「内定」であった。
 これで本当に転職活動を終えられるんだ、という安堵感。
 そのとき俺は仕事で客先の食堂にいたのだが、思わずにやけてしまった。

 もともと考えていた「3月末退社、4月から新天地」はスケジュール的にさすがに厳しかったが、もはやそれはどうでもよくなっていた。

 本気で転職を考えた11月末から約3ヶ月強、求人に応募をし始めた1月頭から約2ヶ月弱。
 転職活動期間としては比較的短い方だろうが、仕事を続けながら裏で並行して転職活動をするのは想像以上にしんどいものであった。これ以上長い期間続けるのは、体力的にも精神的にも正直厳しかったと思う。

 そんな日々を支えてくれた彼女には本当に感謝している。
 面接の前日にはカツ丼を作ってくれて、最後はそれが験担ぎのようになっていた。
 1人ではここまで頑張れなかっただろうなとも思う。

 この転職が成功か失敗かはまだわからない。
 ただひとつ確信しているのは、今の仕事に対する不満を持ちながら漫然と過ごす日々を続けていくことを拒否し、現状を打破するために転職活動を行った経験は、自分自身にとって大きな財産・自信に繋がるということだ。

 半年前の自分に「半年後には転職してる」なんて言っても信じないだろう。
 人生は本当に何が起こるかわからないが、それにしても2017年度はあまりにもいろいろなことがあった1年だった。
 さて、これからの1年はどれだけ予想外の展開が待っているのだろうか。
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