Y's DIARY

2018年を振り返る

日常
 2018年も残すところ、あとわずか。

 ということで、今年1年を振り返ってみよう。


 その前にまず、去年(2017年)最後のエントリを見てみたい(以下のリンク参照)。

 大晦日

 「来年は変化の年にしたいと思います。」

 去年最後の言葉がこれである。
 今振り返れば、これはまさに有言実行できたのではないかと思う。
 つまり、(それが良かったのか悪かったのかわからないところはあるものの)今年は大きな転機となる変化のある1年であった。

 さて、それでは、これまでのエントリで書けていなかった出来事も含め、今年を1ヶ月ずつ振り返っていってみよう。

 1月

 転職活動を本格的に開始したのがこの月からだったかな。
 転職活動についてはこちらのエントリにまとめているので、ここでは詳細を割愛するが、1月から2月にかけての2ヶ月間は仕事のストレスと転職活動のストレスに板挟みになっていた気がする。

 2月

 1月に受けた面接がことごとくダメで、「はぁー、やっぱ別業界への転職は厳しいんかなぁ」と思い始める。
 しかし、2月に入ってから面接を受けた2社がとんとん拍子で最終面接まで進むという急展開を見せる。

 この頃、結構仕事の方も大変で、疲労は結構たまってたんじゃないかと思うのだけれど、実は毎週末のように外に遊びに出掛けていた。今考えると、よくそんな気持ちと体力の余裕があったものだなぁと思う。

 3月

 月初に、本命と考えていた転職先からの内定を得る。
 先の転職活動まとめエントリに書いている通り、その通知を受けたのは客先の食堂だったのだが、そのときのことは鮮明に覚えている。

 ただ、転職活動まとめエントリには記載していないが、実はそのとき送付された内定通知書を見た際には、嬉しいだけでなく「えっ」と思うこともあった。
 それは想定年収の記載に対してである。

 そこに記載されていた数字は、明らかに年収減となることを示していた。それも、数十万程度ではない。
 未経験の職種に転職するわけなので年収が落ちること自体は覚悟していたものの、想定を上回る下げ幅に正直言って「転職して大丈夫なのか?」という思いがよぎったのも事実である。

 そんな収入面への不安は抱きつつも、やはり脱SEという思いは強く、内定受諾連絡を入れる。
 それにより「退職」が明確になり、会社の上司にも正式に連絡を入れる。

 もともと、転職活動をやっていること自体は話していた(話の流れ上、隠せなかった)ので、上司との間では比較的スムーズに調整はできた。
 裏(上司とその上の層との間)ではいろいろ面倒な社内の調整もあったとは思うが、そこに関しては何も言わずに進めてくれたことに感謝している。

 4月

 退職日が5月末に決まり、できれば5月は有休を消化して休みたいと考えていたため、業務の引き継ぎやグループ内の同僚への退職報告を進める。
 辞めたい辞めたいと思っていたのだから、いざ辞めることが決まって嬉しいはずなのだが、何年も一緒に仕事をしてきた人たちに退職を告げるのはやはり心苦しさ、申し訳なさといった気持ちがあった。

 そして、転職と併せて、引越をすることも決めた。
 引越先は、彼女の実家(マンション)である。

 5月

 大学時代も含め、GWに実家に帰るということは過去ほとんどなかった(記憶にある限り、何年も前に九州旅行のついでに寄った1回くらいしかない)のだが、転職報告もせんとなぁという思いもあり、彼女と愛猫とともに福岡の実家に帰省する。
 転職することを話したとき、転職先の会社がちゃんとした(何を以て「ちゃんとしている」かはさておき)会社であるかを気にしていたのが印象に残っている。
 それなりに知名度はあるはずだが、関わりがなければ全く聞いたこともない名前(かつ、何やってるかよくわからない名前)のはずなので、「大丈夫か?」と思う気持ちはまぁわからないではない。

 福岡にいた最終日前日の夜あたりから愛猫の体調がすこぶる悪くなってしまい、東京に戻った翌日、動物病院に連れて行く。
 東京に戻った日の夜は特に元気がなく、呼びかけても反応がないほど衰弱している様子だったこともあり、ひどく動揺したことを覚えている。
 そして診察の結果、入院が必要ということになり、数日間動物病院に入院することとなった。

 もともと病気を持っていることもあって、そのまま衰弱死してしまうんじゃないかと彼女がひどく気を落としていたが、その後徐々に体調は良くなり、1週間もしないうちにすっかり元気になった。
 猫にとっては、長時間の新幹線移動、そして見知らぬ場所、見知らぬ人との遭遇で、相当なストレスが溜まっていたのだろうと思い、もう福岡には連れて行けないだろうなと悟った。

 GW休みが明け、さて有休消化、といけたかというとそんなことはなく、結局仕事していた。
 ただ、会社にはほとんど出社せず、家からテレワークの形で仕事することがほとんどだったので、多少はマシだったかもしれない。いや、やっぱ休めていない時点でダメか。

 下旬には引越を行い、9年強(人生の3分の1近く)もの間住んだ大井町を離れる。買い物をする場所に困ることもなく、また交通の便も良く、非常に快適だった街を離れるのはやはり寂しかった。

 最終出勤日の前日、会社の上司が企画してくれた送別会に参加する。
 総勢30~40人近い人がわざわざ来てくれたことに感動し、「自分は本当に幸せ者だなぁ」と、転職することを少し後悔した。

 今考えると、この5月はいろいろなことがあって、実は今年の中で一番バタバタしていた月だったのかもしれない。

 6月

 ついに転職先での新たな仕事、引越先での本格的な生活が始まった。

 初出社日だった6月1日、昼休憩時に外に出た際に空の写真を撮ったことをはっきり覚えている。
 これから新しい生活が始まるのだと思うと、気持ちが高揚した(単に、休み前の金曜だったからというのもあったかもしれないが)。

 最初の1ヶ月は業務というより研修を受けることが多く、ほぼ残業なし・ストレスなしの生活だった。

 7月

 業務タスクが増えてくる。前職でのスキルや知識を活かせるところはあるものの、基本的には一から業務を覚え直しのド新人状態。
 前職との職場環境(組織内の雰囲気含む)の違いに戸惑うところも多かったものの、まだそこまでストレスは感じずに仕事を進められていた時期である。

 8月

 転職先で強いストレスを感じ始めたのはこの月の上旬ごろからだ。
 自分にとっての上位者に当たる人の物言いに対して、(もちろん自分に非がある点もあったにせよ)怒りというか苛立ちというか、負の感情を覚えるようになった。

 そして、タスクの増加に比例して、この月から残業時間も急激に増えていく。

 下旬には外国人講師による英語だけの業務研修を受け、自身の英語力のなさにショックを受ける。
 そのとき、「オンライン英会話を始めて本格的に英語を身に付けないとやばい」と強く感じた。

 ……が、結局未だに始められていないのはここだけの秘密だ。

 9月

 仕事では、8月に続き残業が多い1ヶ月だった。
 そして、プライベートではとうとうと言うべきか、ついにと言うべきか、東京ディズニーシーなるものに初めて行った。
 そのときの詳細はこちらのエントリにまとめている。

 その日、家に帰ってからももうひとつ大きな出来事があった(というか行動した)のだが、まぁそれはいいだろう。

 10月

 8月から溜まり続けていた、自分の上位者(微妙な表現だが、組織上の上司というわけではないのでこう書かせてもらう)であるMさんに対する不満が爆発しそうになる出来事が起きる。向こうにとっては何気ない一言だったのだろうが、こちらとしては家に帰ってからも苛立ちが収まらず、「この人と一緒に仕事するのはしんどい」と強く思った。

 まず腹が立ったのが、「自分で判断せずに、期限を考えて仕事を進めるようにしてほしい」と言っておきながら、いざこちらからタスクのスケジュール感(いつまでに終わらせる必要があるか)を聞くと「この先のタスクを考えたら、今週中にやっとかないと詰むんじゃない?」などという、そのタスクそのものの本当のデッドラインを明確にしない曖昧な回答をしたこと。
 「お前が言った通り、期限を踏まえた上で自分が持っているタスクの中での優先度を付けるために聞いてんだから、ちゃんと期限を明確にしろや」という怒りを覚えた。

 そして次に、自分の成果物に対してズレたレビューコメントを返してきた上で「あるべき姿になっておらず、これは一番やってはいけないことだ」などと言ってきたこと。
 言われた直後は、カチンときながらも「本当に自分がやり方を誤っていたのであれば反省するところもある」と思ったが、結局俺がやっていたこと自体はそう間違ってはいなかった。少なくとも、そんな言われ方をしないといけないような内容ではなかった。
 そもそも、その成果物に関しては、ほとんど何も説明せずにほぼ丸投げで依頼しておいて、何言ってんだという話である。
 もし仮に本当に俺のやり方が間違っていたとしても、新人に丸投げしたお前の責任はどうした。「ちゃんと説明してなくて申し訳ないけど、ここはこうするのが正しいやり方で~」といった指摘の仕方をするのが筋だろう。

 そういった出来事があった上に、アサインされた仕事の多くがその人とかぶっているため、この頃から仕事上でのストレスを強く感じることが多くなってきた。

 11月

 Mさんに対する不信感や苛立ちを持ちつつ、しかし仕事上はそのMさんと一緒に仕事をしなければいけない日々が続く。
 ただ、一緒の仕事をしている他のメンバ(歳は自分と同じだが、入社は3年ほど早く、職位も上であるため、仕事上では先輩に当たる)との関係は良好だったので、その人がいることでだいぶ救われていた。

 話していると、その人もMさんの仕事の進め方・考え方については疑問を持っていることがわかり、自分の感覚がズレているわけではないんだなと思う。

 下旬にMさんからまた「期限を考えて仕事を進めろ」的な指摘をされ、「明確な期限を切って周知してないくせに、突然自分の脳内スケジュール持ち出してくんのホントにやめろ」という怒りを覚える出来事もあったが、そのときはもう「こういう人なんだな」と悟っていたのと、同じように不信感を持っている人がいることを知っていたのとで、10月ほどのストレスはなかった。

 こういう書き方をすると、何かひどいパワハラ野郎のように読めるが、別にそんなひどい人ではなくて、人間的にはいい人だと思う。
 ただ、一緒に仕事をする、それもその人の下で仕事をするのは嫌だということである。
 人間的にいい人と、仕事上でのいい人は違う。

 12月

 何だか仕事上の人間関係におけるストレスの話になってしまっているが、実際ここ数ヶ月の生活はそのストレスが占める比重が高かった。
 前の職場では人間関係でのストレスを覚えることはそう多くはなかったので、その点では前の職場の環境を懐かしく思うことも多くなった(ただし、また戻って前の仕事をしたいとは絶対思わないが)。

 タスク量の多さによる負荷のストレスも相まって、12月(特に後半)はひどい精神状態だった。

 Mさんと一緒の仕事は1月末には終わる(終わらせないといけない)ため、片が付いた後に、上司に「Mさんと一緒に仕事をするのはしんどい。来期は自分を外してほしい」という話をしようかと考えている。
 Mさんの自分に対する態度を見る限り、あっちもこちらのことをあまり良くは思っていないだろうしな。


 そんなこんなで、年内に片付けておきたい最低限のタスクを何とか消化して休みに入って今に至る。

 何か、途中から仕事の愚痴っぽくなったけど、振り返った結果「やっぱ転職してもストレス溜まるね」ってことだから仕方なし。
 「非常に快適な生活をここまで送れている。」なんて言えていた頃がもはや懐かしいね。

 というわけで、簡単に振り返るつもりがだいぶ長くなってしまったな。
 大きな変化のあった1年だから、こうしてざっくりとでも変化の内容を記録しておくことはきっと後々意味が出てくるだろうと願いつつ、締めたいと思う。

 現在、12/30 AM 5:55。恐らく今年最後のブログ更新。
 それでは皆さん、よいお年を。

 また来年、お会いしましょう。
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三度の飯より鷹命。

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